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書籍「バカの壁(養老孟司)」から学んだこと--

個性を求められてませんか?

書籍「バカの壁 (新潮新書)」を再読しました。
前回読んだのは10年ほど前のこと。
当時の読書は、読んだら読みっぱなしの読書だったため、どんな本だったかの記録などありません。そのため、自分の思考の肥やしにはまったくなっていません(汗)

ということで、再読しました。大事なことがぎっしり詰まった本だと思います。人間の個性や、脳の働きなど学びがたくさんありました。ここでは、特に今後思い返したいところを中心に、エッセンスを抽出します。

 

目次

 

1. 人間の脳は共通性を追求する。そこに個性は必要ない

本来、意識というものは共通性を徹底的に追求するものなのです。その共通性を徹底的に確保するために、言語の論理と文化、伝統がある。
人間の脳の特に意識的な部分というのは、個人間の差異を無視して、同じにしよう、同じにしようとする性質を持っている。だから、言語から抽出された論理は、圧倒的な説得性を持つ。論理に反するということはできない。
バカの壁 (新潮新書)

「個性を伸ばせ」というのは欺瞞であるということ。個性というのは身体的な特徴のこと。「個性」は脳ではなく、体に宿っている。それ以上のことはない。

 

2. 万物流転、情報不変

一般に、情報は日々刻々変化し続け、それを受け止める人間の方は変化しない、と思われがちです。情報は日替わりだが自分は変わらない。自分にはいつも「個性」があるという考え方です。しかし実はこれもあべこべの話です。
バカの壁 (新潮新書) 

近代的個人というのは、つまり己を情報だと規定すること。本当は常に変化=流転していて生老病死を抱えているのに。「私は私」と同一性を主張した途端に、自分自身が不変の情報と化してしまう。
だからこそ人は「個性」を主張するのです。自分には変わらない特性がある、それは明日も明後日も変わらない。その思い込みがなくては、「個性が存在する」とは言えないはずです。
バカの壁 (新潮新書)

人は変化し続けているが、情報(言葉)の方が実は変化していない。自分を情報として取り扱わないようにしないといけない。 

 

3. バカの壁を回避するために

バカの壁というのは、ある種、一元論に起因するという面があるわけです。バカにとっては、壁の内側だけが世界で、向こう側が見えない。向こう側が存在するこということすらわかっていなかったりする。
バカの壁 (新潮新書)

安易に、「わかる」「話せばわかる」「絶対の真実がある」などと思ってしまう姿勢、そこから一元論に落ちていくのはすぐです。一元論にはまれば、強固な壁の中に住むことになります。それは一見、楽なことです。しかし向こう側のこと、自分と違う立場のことは見えなくなる。当然、話は通じなくなるのです。
バカの壁 (新潮新書)

ある情報に対する、感情の係数を意識しないと、バカの壁つまり一元論に陥ってしまうことになる。絶対にこうだ、と言えることなどほぼないということを忘れないようにしよう。これを忘れた瞬間、バカの壁に阻まれることになってしまう。

 

読んでみては?

昔読んだことある人も、もう内容を覚えていない人も多いのでは?
本書に書いてある内容(情報)は不変ですが、あなたは流転してます。昔読んだあなたとは違います。この本を読んだ時の感情の係数も変わっているはずです。自分もそうでしたが、学ぶことはたくさんあると思います。

バカの壁 (新潮新書)

バカの壁 (新潮新書)

 

 

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