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「嫌われる勇気」から続編「幸せになる勇気」へ【岸見 一郎/アドラー心理学】

書籍「嫌われる勇気(岸見一郎 著)」は、自由に生きるためのヒントを教えてくれた。
 

嫌われる勇気とは

 人は生きようとすると、自分以外の「他人」と必ず関わることになる。「他人」の気持ちなんてものはコントロールできない。そんな「他人」からよく見られるように振る舞い、気持ちをコントロールしようとすることなどは直ちに止めて、「他人」から解放された自分の人生を自由に生きようよ、という話。

「嫌われる勇気」は発売から2年以上経った今でも売れ続けている。この記事を読んでくださっている方々の多くは、おそらく「嫌われる勇気」を読んだことがある方ではないかと思う。私はこの本を読んで、「自分は変われるかも」、「人の人生ではなく自分の人生を生きなきゃ」と感じたことを今でも覚えている。多くの人がそう感じたのではないだろうか。 

running-sizzle.hatenablog.com

 

「嫌われる勇気」を実践できているか?

 そして、この記事を読みに来てくださっている方の中には、「嫌われる勇気」を読んだことがあり、続編である「幸せになる勇気」を読んでみたいと思っている人もいることだろう

そんなあなたに、ここで1つ問わせてください。あなたは前作を読んでから、「嫌われる勇気」をもって、自由に生きれていますか?」もしかすると、自由に生ききれていないために、続編の「幸せになる勇気」から勇気をもらおうと期待しているのではないだろうか。そのような考えで本に期待しているだけでは、幸せになれる日は遠いかもしれません。

最近の自分の気持ちや、行動を振り返って、次のことに当てはまることがないかチェックしてみてください。当てはまることがあれば、もう一度「嫌われる勇気」から読み、考え方を見つめ直すことをお勧めします。

  • 親や子供、または他人に見返りを期待した。例えば「ありがとう」の言葉がないことにイラっとした (他者と自分の課題が分離できていない) 
  • 好意を寄せている異性との関係性が壊れるのが怖いと思った (大きな共同体の存在を忘れている)
  • 人を褒めたり、下に見てしまったり、または上司に対して萎縮してしまった。あるいは、自分はできないやつだと劣等感を持った(人は「対等」ということを忘れてしまっている)

 

課題を分離する

 最近、親や子供、または他人に見返りを期待した記憶はないだろうか?

相手のことを信じることはあなたの課題だが、あなたのことをどう思うかは相手の課題です。人がどう思うかどうかを、あなたがコントロールすることなど絶対にできないことを、忘れてはいけません。相手を信じ倒して、相手の役に立てればそれでよいと考えるべきです。

また、例えば、◯◯をしてあげたのに、なんで「ありがとう」の言葉も言えないのか、など思った記憶はありませんか?そう思った時点で相手の人生を生きようとしています。

 

大きな共同体の中に生きている 

好意を寄せている異性との関係性が壊れるのが怖い。そう思ったことがある人はとても多いと思う。

でも、大失恋をしても、次の出会いがあり、なんとかこうにか生きてますよね。大きな共同体とはそういうものです。一人に固執するのではなく、今、これから出会うであろう人々との楽しい未来を想像してみましょう。

悩み事が発生したら、あなたは大きな共同体の中にいることを思い出しましょう。悩み事の小ささを感じるはずです。

 

人は全員対等

 人を褒めたり、下に見てしまったり、または上司に対して萎縮してしまった、という記憶はないだろうか。

このような、無意識に行っている、「人と自分を比較する」という行為を行っている人は、他人と「対等」であることを忘れてしまっている。

「対等」ではないという関係性の中では、他人の目ばかり気をつかって生きて行くという、不自由な人生しか送れない状況に陥ってしまう。

 

おわりに

この記事が少しでも読者のお役に立てれば幸いです。