Sizzleがはしる

ブロッコリーをよく食べる人のブログ

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天才がはてなブログにいた

はてなブログ界隈に、天才を見つけてしまったのである。

そのひとの名はなんというか、もう記憶にないのであるが、とにかく天才であるからここで紹介せざるえない。

出会いは昨日の夜に遡るのであるが、俺は一週間前からひいた風邪を拗らせて、今日もまたかと咳こみながら布団に入っていたところ、全く眠れないという状況に陥った。それはそうであろう、昼間も風邪という理由で長時間寝込んでいるうえ、夜になると咳き込み方も著しく、これはもはや近所迷惑になるのではあるまいかと恐れつつ、水を飲んではトイレで用をたすということを繰り返していた深夜0時過ぎのことであった。もはや眠れぬ。無念。との言葉を最後にスマホを起動し、はてなブログを開く始末。これはもうどうしようもない、こんな時間にブルーライトをみては眠れるわけがないなんてことはハナからわかっているわけではあるが、開いたが最後、閉じれないのがスマホの脅威であることもわかっていたことではあった。眠れない俺は紳士らしくいやらしいページを開くわけでもなく、その一方で猥雑な文章しか目に入らないから紳士とは困ったものである。雑多で中身のないどうしようもないブログたちが産声をあげながらも消えてゆく無常がそこにあるわけであるが、そんな中で俺はその天才を見つけたのであるから、自分から漏れ出る感嘆の言葉とともに、咳き込み方も勢いを増し、その度水を飲むのであるから、トイレに行く回数も増えるという始末。もはやトイレに行きたいが為に咳をしているのかもしれないのではと考えている間もなく、その出会いは訪れた。その天才の描写する一文字一文字はキラキラと輝きを放っていたのであるから、それは言葉というよりはむしろ宝石であるとここに断言する。太宰治の生まれ変わりか伊坂幸太郎の生き別れした兄か弟かといった具合であるので、この様に咳き込んで眠れないことも時に役に立つことがあるものだ。

さてこの様にしてブログを書いている今時点でも、その咳は止むことなく、それは空咳という咳であり、何か病気の前兆であるかのごとくインターネットには記載があるが為、どの病気であれば大丈夫であるとか、この病気であればこの様な症状も出ているはずであるからということを考えるのが人の常であるから困ったものである。

ここまで書いておいて読者のあなたには大変申し訳ないのであるが、その天才をここで紹介するとなると、その天才に私の存在がばれてしまいやしないかであるとか、この拙い文章が気持ち悪いであるとか、打ち首にいたすなど言われかねず、躊躇っているというのが本心であるのは間違いがなく、今後も変更することができない事実である。話は変わるが、この様にして思うままに文章をこしらえるというのも、悪くないという気持ちが芽生えつつ、誰にもこの文章を読まれたくないという気持ちも少なからずあるのであるから、自分の気持ちというものもいささかむずかしいものであり、エゴであることは間違いがない。

この気持ちはなんであろうか、詭弁というか強弁というか、普段使わぬ弁を自分に対して振りかざすという単なる言葉遊びである様な気がしてならないが、このエントリーは明日にはすぐにでも消すのであろう。しゃべりすぎは良くないと昔ゲーテが言っていた、といつだったか若者から聞いたことがあるのである。ゲーテはすでに昔にしてすべてのことを言っているのであるから、自分の言葉を探す前にゲーテの言葉を探したほうが、本来的な人間の脳の成長と発展のルールからすれば、その言葉は正しいことになると思えてならない。

いい加減に俺はもう寝たほうがいい。